「うわ、これすげー匂い」
固形シャンプーに鼻を近付けていた総悟の大きな声が、浴室に響いた。その声をかき消すように、土方がシャワーをひねる。
「ほらこっちこい。洗ってやるから」
手招きして総悟を自分の前に座らせ、土方は目の前の柔らかい髪の毛に湯をかけていく。
「ちょっ、顔濡れちまいまさァ!」
総悟の苦情も聞き入れないまま土方はひとしきり湯をかけ終え、総悟の手からシャンプーをとった。
「これ石鹸みてぇですけど、本当にシャンプーなんですか?」
「らしいぞ」
その固形石鹸に見えるシャンプーで総悟の頭をなでると、みる間に泡立ち、甘い香りが広がった。
「甘ぇ。何の匂いですかィコレ?」
「ココナッツだろこれは」
そう言いながら、土方は総悟の髪をわしゃわしゃと洗い始めた。浴室の中にココナッツの甘ったるい匂いが広がっていく。
「なんか、食べれそうな匂いですね」
総悟は自分の頭を完璧に土方に預けながら言った。
「そう言って喜ぶだろうと思ったんだよ」
土方はしっかり泡立ったシャンプーの泡を、どうにかソフトクリーム状にできないか奮闘していた。
「あっちの石鹸もいい匂い?」
「あれは蜂蜜配合だと。肌つるつるになんだとよ」
「へー。どこで買ったんですかィ?」
「駅前」
「若いお姉ちゃんに混じって?ひとりでこんな石鹸買ったんですかィ」
「……ああ」
総悟は嬉しそうにくすくす笑っていた。 とりあえず、総悟の髪の毛をサリーちゃんのパパ状態にしてみる。鏡の中の総悟と目が合った。自分の頭に気づいた総悟は声色を変える。
「俺で遊ぶんじゃねぇよ土方。石鹸食わして口から泡ふかすぞ」
「はいはい」
ほほ笑みながら、土方はシャワーを握った。総悟の頭のてっぺんから湯を流す。顔にシャンプーや湯がかかったせいか暴れたが、気にせず流す。シャワーコックをひねって水を止めると、総悟が顔を押さえてジタバタしていた。
「げっほ…鼻……っ、ばなにっ、入った……!」
「ああ、悪い」
悪びれた様子を微塵も見せずに言い放つと、土方の口目掛けて石鹸が飛んで来た。
「がぼッ!?」
「よっしゃクリーンヒット!」
嬉しそうにガッツポーズをとる総悟に怒鳴り散らしてやりたいが、口の中の石鹸が邪魔して叶わない。土方の鼻を蜂蜜の甘い香りが覆った。
どうにか口から石鹸の塊を抜き取ると、土方は総悟の足元に向かって投げ返す。
「なにしやがんだてめぇ!!」
「だから、食わそうと思って」
ちゃぷんと湯船につかった総悟の姿を見て頭をがしがしとかき回してから、土方もそれに続いた。
総悟の隣に腰を据えると、総悟の頭から甘い匂いが漂ってきた。
「……なんですかぃ?」
自分の顔を見られていると思い、総悟は怪訝な顔で土方に尋ねた。
「いい匂いがする」
総悟の頭に自分の顔をぽふんとくっつける。ココナッツの香りと柔らかな髪の感触が、土方の心をくすぐった。
「……土方さん、このシャンプー気に入ったみてぇですね」
総悟の耳が、赤くなっているのが見えた。
「これ、毎日つけようかな」
「そりゃだめだ」
土方が間髪入れず返事をすると、総悟はなんでですかィ、と口を尖らせた。しかし、土方は笑ったまま何も言わなかった。
『こんなかわいい総悟を、誰かに見せてたまるか。なんて思ったなんていえねぇよ馬鹿』
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